病院界デビュー

 ガンは死に至ることもある病気で、肉腫はその中でも研究が遅れているということで、落ち込んでもいたが、入院すると、初めての経験が多く、興味深かった。

 入院する前は、みんな健康なのに一人病気になってしまった、社会からアウトしてしまった、と思っていた。
 しかし、入院したら、大勢の入院患者がいて、生活があり、病院職員と共に作り出している社会があることがわかった。

 病院社会の一年生だ。

 病院界初心者の私は入院して、看護師が何度も来てくれることに感心した。
 朝昼晩の検温、血圧測定だけでなく、夜勤や日勤に担当が替わった折にも挨拶に来てくれる。
 今までの生活の中で、こんなに人から優しく接して貰えるばかりのことがあっただろうか。

 患者は孤独感を持つことなく、色々な人から支えられていると感じることができる。
 こういう精神的なサポートが早期回復に繋がるのだろう。

 しかし、一年生だけあって、病院の作法がよく分からない。
 他の患者より一人だけ元気な感じになってしまう。

 最初、医者や看護師に普通の調子で受け答えしていたのだが、妙にはりきっているような感じになって、なんだか浮いているような気がしてきた。

 他の人の様子を見て、もう少し力ない感じに振る舞った方が一般的なのかと思い、小さな声で受け答えすることにした。

 ところが、ベッドで油断している時に声をかけられると、つい「はいっ」と飛び起きようとしてしまう。
 
 また、手術後に歩かなければと、庭の方まで行ってしまったり、食事が病室に配膳されるのに、時間になると食堂まで行ってしまったりもした。
 
 そして、夜は10 時消灯なのだが、全然眠れない。
 金曜ロードショーを最後まで見たかったのに。
 暇潰しに隠れてスマホばかり見ていると、老眼が一気に進んでしまった。
 
 職員や他の患者から白い目で見られていないか、心配だ。
 しかしながら、病院界のベテランになってまったく卒のないそつのない振る舞いができるようになりたいかというと…